RIEさん
これまでのマイルストーン
海外移住 19歳
学部留学 19歳~ 24歳
就職 25歳
大学院卒業 34歳 Santa Clara University卒 (学校所在国 アメリカ)
留学をされていますが、海外で勉強をしようと思ったきっかけはなんでしたか?
ひとことで言ってしまうと、若気の至りでしょうか。2000年当時に留学したきっかけについて書いたブログエントリーがあったので、抜粋を下記に引用します。素の私をご覧ください。
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つまらない。なにかいいことないかなぁ。
高校生の頃、呪文のように繰り返しそう思っていた。実際、それは呪文になってしまった訳で、猿山のような中学校(過言ではない)でウキャー・ムキーッとかやっていたワタクシにとって高校生活は全くおしとやか~で無気力チックで肩透かしを食らったような感があった。
野生の勘をSocializeできなかったのね。今思えば。そんなものだからバイトを渡り歩いてみたり、勉強しないで趣味の本ばかり読んでいたりで学校のactivitiesからは遠ざかり気味だった。成績は悪く、3年の夏休みを迎えた時点で、漠然と「どこの大学を受験してもダメだろう」と直感していた。1教科受験とか考えたり、英検取ってみたりしてみたけれど、どうも勝算は薄い。
でも、両親からは「大学には行っておけ」と言われ、わたしもそうすべきでしょうと思っていた。全く自分勝手の天邪鬼である。
じゃ、この3年間はなんだったの?
自分と向き合ってみましょう期間(しかもロングラン)だった。勉強をしないで好きなことをやっていた分、「あー。わたしってなんだろう」って考える時間が増えた。(丁度「ソフィーの世界」とか流行ってた。なんかニーチェとか読もうとかしたりして)。
中学校の頃はかなり完璧主義はいってて、「できなきゃ嫌だ」という意地で色んなことを乗り越えた。自分が本当は何に向いていて、何が好きで、どんな人間なのかとか考えたことが無かったし、「とりあえずエリート(金持ち)になりたい」という想いだけだったような気がする。ネームバリュー先行とゆー。それで考えに考えた末、「なんだ。わたしって、わたしが思ってるような人間じゃないみたい」論に行きつく。
その時点でわたしが抱えていたものは主に:
1.大学には行きたいが浪人間違い無し
2.広告って面白いなぁ
3.実は飽きっぽい性格だったのね
4.これからの人生を面白くするにはどーしたらいーのか
なんともお粗末。しかしわたしは上記の要素を使い、必殺! 単細胞、で式を書き上げてしまった。
「広告が好き」=専攻は広告(実は広告デザインがやってみたかった)。
「浪人するの?」=短距離走者のワタシにそんなことができるのか。いや、できないだろう。
「人生つまらない」=もう、日本にいても面白いことなんか無いんじゃないの?
ピーン
マスメディア教育の先駆けっていったら……アメリカ?
悲しいかな、ワタシはそこでもう「アメリカだぁぁっ!」と思ってしまった。中学から6年も英語を習っているのに全然喋れないのはフェアじゃないっ。アメリカン・ドリームとも言うぢゃないか~。そこでワタシは英語も専門知識も手に入れるんだー。<って、まだエリート願望が消えてない
なんて名案。一石二鳥。
一気に人生 gonna be バラ色 -すっかりドリーマーと化すわたくし・18歳の夏でありました。
ありがとうございました(笑) ブログそのままの記事ということで、リアルな感情が伝わってきますね。さて、現在はどのようなお仕事をされていますか?
日系のゲーム会社でローカリゼーションに関する仕事をしています。モバイルゲームのトレンド調査や日米開発チーム間の翻訳などが主な業務です。
海外で働こうと思ったきっかけは何でしたか?
現在の大学制度に詳しくありませんが、当時は留学生で学士を取得すると1年間の条件付き労働許可証が発行してもらえましたので、後悔しないようにアメリカで就活をするだけしてみようと思ったのがきっかけでしょうか。たまたまLAのゲーム会社で日英バイリンガルのプロダクションアシスタントして働けたのは幸運でした。
留学時から海外で働くことも意識していましたか?
なんとなく興味はありましたが、英語の覚えが悪く自信がなかったので、日系会社が主催する留学生対象のキャリアフォーラムで就職を決めて帰国できればと思っていました。(ですが、世の中そんなに甘くなく、思うようにオファーはもらえませんでしたので、ではこちらで就活しようという運びに)。
現地就業を希望していても帰国する留学生が多い中、結果として海外で働くという貴重な経験が積めているわけですね!海外で働く、ということは言葉であったり文化であったり、色々と条件が厳しい環境であると思います。働く上で、やりがい、たのしいこと、大変なことをおしえていただけますか?
一番大変でもあり面白くもあるのは、やはり文化の違いでしょうか。日本で育った者としての常識と、こちらの方々の常識は共通しているようで、違うところは大きく違う。
大学院でとったスピーチの先生が仰っていたことですごく納得したことがあって、それは「欧米言語は話し手に責任があるが、アジア言語は聞き手に責任がある」ということです。こちらの方々は大抵、スピーカーが聴衆に向かって積極的に自分の話が理解されているか、質問はあるかと確認しますが、わたしが日本で教育を受けた小・中学校では特に、質問をする=話をちゃんと聞いていなかった、というネガティブな行為として扱われていました。
また、話すほうも聞き手からの質問を期待していない印象がありました。でもそれは文化なんだなと、その教授の話を聞いて納得し、当然のことですが、言語が分かれば良いというもんじゃないなと改めて思って。わたしは日本語以外のアジア言語に詳しくありませんが、日本語は英語よりハイコンテクストな言語で、ノンバーバルコミュニケーションが非常に多いのも面白いです。
日本語から英語に翻訳をする際、原文には(英文に必要な)情報が足りないのに、英語から日本語に訳すと逆に端折れる箇所がたくさん出てくる。言語以外でもまだまだ発見が多く、生活していて飽きません。
一旦社会に出ていますが、そこから大学院に進もうと決めたきっかけは何でしたか?
大学院に行こうと思ったのは、5年働いていた勤務先で、徐々にグループリーダー的役割を任せられるようになったことがきっかけです。
それまでは1エンジニアとして黙々と作業をする業務スタイルでしたが、リードになると、チームメイトの仕事を管理するだけでなく、彼らの話を聞き、彼らが働きやすいようサポートすることも大切な業務でした。
それでわたしは精神的にいっぱいいっぱいになりまして。H-1と呼ばれる労働ビザで働いていたこともあり、ここでステップアップしなければ会社は自分を必要としなくなるかもしれないという背水の陣?で背中を押され、躊躇していた大学院受験の決意が固まりました。
こちらの会社はアットウィル(at will)という雇用形態が多く、つまり雇用主はいつでも社員との雇用契約を打ち切る権利があることを契約書に謳っていますので、当日解雇などはざらなのです。ただ労働ビザで滞在している状態でそれをされてしまうと、再就職する間もなく帰国する運びになりますので、それだけは避けたい(帰国するなら自分の意志で)という強い思いがありました。良い決断をしたと思っています。
日本にいる時と違いを感じることはありますか?どんな点ですか?
日本では世間体が重視されており、メンタリティー的に社会主義のようなところがあるように感じます。こちらはだだっ広い場所なせいか、無数の物事が同時進行していて誰もが忙しく、住む場所にもよるのでしょうが、割りと何でもありな感じで、周囲もそれをある程度受け入れている印象を受けます。気楽にできて、性に合っていると思います。
現地の女性との関わりがあれば、彼女たちのライフスタイルや仕事の仕方、生き方など感じることを教えてください。
皆タフで、でも気楽に自分のスタイルを確立しているという印象を受けます。周囲がこうしているから、自分もこうするべき的なものはもちろん存在しますが、なんだかんだ言いつつ自分のスタイルで人生を満喫している方が多いように思います。
海外で働くことや、やりたいことを仕事にする時にはある意味覚悟が必要ですが、その勇気ある一歩を踏み出せた理由を教えてください。
わたしの場合はそれしかオプションが無かったというか、とにかく後々(あぁ、あのときアメリカで就活してたらどうなったのかな)と思いながら日本で悶々と働くのが嫌だったので、父の大反対にあいましたが、もう仕方がないと割りきってアメリカで就活しました。
結局、こちらで就職が決まったと母に連絡したら、すぐに父から「良かったなー!」と電話がきて、何だったのかなアレと今も少し思いますが。良い笑い話です。
日々意識して実行していることがあれば教えてください。
常に自分らしくあること、自分が在る環境に感謝すること、それから適度な運動を心がけています。元々運動嫌いだったのですが、東関東大震災支援のチャリティーランを機に、いつのまにかランニング好きになっていまして、それから風邪知らずです。気持ちも常に前向きになった気がしますし、心身健康であるためには運動が不可欠だと痛感しています。以前、「ランニングはセラピーより安上がり(Running is cheaper than therapy)」というステッカーを貼った車を見て頷かされました。
普段はご自分の時間をどのように過ごされていますか?何か趣味はありますか?
お友達とランチをしたり、ハイキングをしたり、休日は何かしら出かけていることが最近多いですが、ひとりの時間も大切なので、平日はたまにジムに行くほかはテレビを観たり新しいレシピを試したり、ルームメイトと買い出しに行ったり、家でゆっくりしています。趣味は色々なことに手を出しすぎて定まりませんが、瞑想、麹、紅茶キノコ(英語ではKombuchaなのですが昆布茶ではありません。日本でも流行っている、もしくはいたのでしょうか)、ランニングがマイブームです。
何か、やりたいことはありますか?
文章を書くことが好きなので、副業として何かやりたいと思っています。学生時代は現代詩や短歌を書いていましたが、辛酸なめ子さんのようなガーリーな毒のあるメディア・アクティビストに憧れています。
今後の目標やこれから挑戦したいことはありますか?
日本でも紹介されているそうですが、クォンタムタッチ(Quantum Touch)のプラクティショナーの資格を取ろうと思っています。スキューバダイビングのライセンスも、乗り気ではありませんが、再挑戦しようと思っています。家庭を持ちたいとも思っていますが、こればっかりは思うようにいきませんね。文章も書きたいし、ギターも習いたいし、やりたいことは突きません。
ライフプランとマネジメントは意識してきましたか?
最近になるまで特に考えられませんでした。今年の春に大学院を卒業したのですが、これが働きながら足掛け5年のプロジェクトだったので、というと言い訳ですが、それでいっぱいいっぱいで他のことに考えが及びませんでした。永住権が降りたのもつい昨年で、やっとライフプランを考えられるようになったという心境です。
今後のライフプランについて教えてください。
日本は大好きですが、帰国は考えていません。うまくバイリンガルスキルを活かした仕事を続けつつ家庭を築きたいと思っています。
日本ではグローバル化という声が非常に増えていますが、お住まいの国ではグローバル化という意識は何か感じることがありますか?
今住んでいるシリコンバレーのあるサンフランシスコ・ベイエリアは移民だらけの地域なので、その点ではグローバルだと感じます。
日本とは違う外国の文化や人々の生活に触れることで、視野や価値観の変化など大きく変わったことがあれば教えてください。
良くも悪くも大雑把というか大らかになったと思います。こちらにいると、とにかく目まぐるしく物事が起こるので、それについて行こうすると、ちょっとしたことで落ち込んでいられないのです。具体的に何を言われたのか忘れてしまったのですが(この辺がたぶん大雑把に。。)、帰省したあるとき、たまたまお友達の悩み事を聞いて、思わず「それ、悩みでもなんでもないじゃん」と笑ったことがありました。そのお友達に不愉快な思いをさせていたら申し訳ないですが、ほんと、日本にいた頃は深刻に考えこんでいたような事柄が、いつの間にかなんでもないことになっていました。
これから海外の大学に住んでみたい、働いてみたいという女性に向けてメッセージをいただけますか?
海外留学はトライする価値があることだと思いますので、覚悟さえ決まれば、あとは見る前に飛んでしまうことをオススメします。向き不向きはありますが、海外生活をするととにかくタフになりますし、視野も広がって楽しいです。
一旦社会に出て、働きながら大学院を卒業されたことは、本当に大変なことだったと思います。非常にタフであり、多趣味、そして辛酸なめ子さんのようなガーリーな毒のあるメディア・アクティビストに憧れているとだけあって、非常に個性的な一面を持つ女性です。
RIEさん、素敵なストーリーをありがとうございました!
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